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毒物・劇物外来対応 備忘録

産業医取得にあたって医学部ではほとんど学ぶ機会がない項目についてもいろいろと勉強する機会がありました。その一つが工場などで使用される化学物質とその暴露に伴う障害や対応策です。

基本的に産業医の必須の知識として各種毒劇物の種類や代表的な毒性、一般的な防護策は1度は学ぶ機会があります。しかし、通常の生活・診療では毒物や劇物、有機化合物などに触れたりそれを扱う方を診療する機会は多くありません。一方、稀ではあるものの大規模災害や工場事故では各種毒物・劇物に汚染された患者さんが発生する場合もあり、また急性・慢性中毒の対応が必要になる場合もあります。

すべてを網羅することは不可能ですが、日常で出会いうる毒物・劇物とその対応策について自分が対応時に知りたくなりそうなことを調べ、まとめて記載してみます。

毒物、劇物の定義

化学物質のうち、少量で人体に悪影響をおよぼす物質について(主に急性毒性)、毒物及び劇物取締法で指定されたものが毒物、薬物および特定毒物です。

毒性は強い方から 特定毒物>毒物>劇物 となります。

指定薬物の一覧はこちら→

また、労働安全衛生法では有機則、特化則というそれぞれの規則によって労働環境で使用される、人体に悪影響を及ぼす化学物質について、指定を定め、それらの使用に際した決まりや健康診断の基準を規定しています。

※毒物、劇物に似た言葉として「毒薬」及び「劇薬」がありますが、内服や注射をした時など体内に吸収された場合に、副作用などの危害を起こしやすい、毒性・劇性の強い「医薬品」が毒薬・劇薬です。厚生労働大臣が薬事法に基づいて指定しています。

 

毒物、劇物の暴露経路と毒性

毒物はただそこに存在するだけではただの化学物質です。それらが体内に取り込まれたり皮膚・粘膜に付着することで毒性を発揮します。

毒物が体内に入る経路は大きく3つに分類されます

①経肺(吸入):毒性のあるガスや揮発した蒸気を吸い込んで体内に有害物質が入る暴露経路です。

吸入しうる物質には以下の形態があります

*ガス;常温常圧で気体の物質

*蒸気;常温常圧で液体/個体の物質が蒸気圧に応じて揮発、昇華して気体になっている

*ヒューム;気体が空気中で凝固・化学変化により個体の微粒子となって空気中に浮遊している 0.1~1μm Ex)溶接ヒューム

*ミスト;液体の微細な粒子が空気中に浮遊している。5~100μm

*粉塵;機械的な作用で個体から発生した個体微粒子が空気中に浮遊している。1~150μm

②経皮:溶剤や物質そのものが皮膚に付着したり、揮発した物質が皮膚に触れる暴露経路です。

③経消化管(経口):誤って(または故意に)有害物質を飲み下してしまう暴露経路です

毒性

化学物質が生体に与える悪影響を総称して毒性、と言います。毒性はその性質から一般毒性(急性毒性と慢性毒性)、特殊毒性に分けて考えます。

一般毒性=血液検査、尿検査、病理検査で検出可能な毒性です。

特殊毒性=刺激性、免疫毒性、変異原性、発がん性、生殖毒性、催奇形性など、特殊な観察法によって評価される毒性です。

一般毒性

〇急性毒性:1回または短期間の複数回暴露によって即時~2週間程度で生じる毒性。毒性の程度は投与された生物のうち半数が死んでしまう毒物の量や濃度(LD50(半数智歯用量)やLC50(半数致死濃度))で示されます。LD50が低ければより少量で致死的=毒性が高い、ということになります。

〇慢性毒性:長期間(6か月~)の連続/反復暴露によって生じる毒性。Ex)鉛の長期暴露に伴う貧血

特殊毒性

〇刺激性、腐食性:皮膚や粘膜に触れた物質が炎症をおこします。強酸や強アルカリのように組織自体を破壊する場合は腐食性、とよびます。

〇免疫毒性:免疫抑制を起こしたり、アレルギーを引き起こす反応です

〇発がん性:体内に入ると悪性腫瘍を引き起こす性質です。

〇変異原性:遺伝子や染色体に影響を与え、細胞や組織、個体に悪影響を及ぼす性質です。発がん性や催奇形性の原因になり得ます。

〇催奇形成:妊娠中の母体に入ると胎児に機能的、形態的悪影響を起こす性質です。

〇生殖毒性:生物の生殖機能、胚や胎児の発生に障害を与えうる性質です。

 

□対処法

毒物、劇物について調べると、知れば知るほど扱うのが怖い物質であることがわかります。工場等で働くわけではないため、その暴露リスクは低いものの、各種毒物、劇物や有機化合物に汚染された患者さんを診療する場合、相応の防護が出来なければ自分自身や仲間の医療者を危険にさらすことになります。

まずは対象物質のICSC(国際化学区物質安全性カード)を検索し、対象物の毒性と特徴を調べることが重要です。

ICSC検索画面はこちら→

続いて防護具について以下に記載します。

※結論として医療機関という本来各種化学物質を扱う装備のない環境で毒劇物や有機溶剤を適切に扱うことは極めて困難が予想されます。(NBC災害対応病院なら装備も訓練の機会もありそうですが・・)よって化学物質に対して感度を高く持ち、不用意な暴露を避けつつ、有事は消防等専門機関と連携する、という心構えが重要です。

防護具;自分自身を各種化学物質暴露から守るためのマスクや手袋、ガウン ⇒基本的に各種暴露経路を遮断し、身体に有害物質が届かないようにすることが目的です。

①経肺暴露の予防=マスク

マスクにもその用途や防護対象の物質や汚染の程度によって様々な種類があります。ガス・蒸気などの気体やアスベストなどの細かい粉塵は通常のサージカルマスクでは全く防げません。気体に関してはN95マスクでも防御は不可能です。

出来る限りの換気を行うとともに、風向きに注意しつつ汚染源を早急に断つことが重要です。有機溶剤は臭いを感じる以下の濃度でも有害な場合もあり、臭気がないからと言って安全なわけではありません。

②経皮暴露の予防=手袋、ガウン、ゴーグル

通常病院で使用するラテックスの手袋は水溶性物質を通過させない機能は十分あるものの、脂溶性の物質は容易に通過するようです。特に有機溶剤のように気化するものは手袋を透過して皮膚と手袋の間にたまるため、むしろ皮膚の溶剤暴露時間が延長してしまい、大変危険であると思われます。(参考資料⇒

例えば汚染された患者の洗浄が必要な場合、可能なら耐溶性の手袋を準備して臨むことが必要であると思われます。

体幹の防護に関しても、汚染度が高い場合は通常病院や診療所で使用するガウンやエプロンは多くの場合有効性は低いことが予想されます。

 

□最後に

ER緊急救命室というアメリカのERを描いた超有名ドラマ。Season1~全て見ていますが、その中でベンゼンに汚染された患者さんがERに運びこまれ、診療にあたっていたウィーバー先生が痙攣、命の危機に晒され、更にERが閉鎖され除染対象となる、というストーリーがありました(Season4-Episode15)。この時は近くの工場で事故があり、服に大量のベンゼンがしみこんだ患者さんがそのまま担ぎ込まれた、というシチュエーションでした。しばらく忘れていたのですが、産業医になるにあたって毒物、劇物、有機化合物等について学ぶ機会があり、その時の映像がありありと浮かびました。なければいいのですが、地震大国日本、いつなんどきどんな事故や災害があるかわかりません。全くの知識不足ではありますが、感度は高く保ちつつ、できるだけ自分や医療者の身を守れるようになりたいものです。

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